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《カルメン》@Royal Opera House 10/24 [オペラ実演レポ]

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 かなり時間が経ってしまいましたが、10月の追っかけ旅行の際に鑑賞した《カルメン》について、思い出を記録しておきます。

 10/24(土)。昼にアレンの《ジャンニ・スキッキ》を観てから少しだけロンドン観光をした後、ロイヤルオペラハウス(ROH)へとんぼ返り。この劇場へ行くのはこの日で通算9度目になりますが、1日に2回も通ったのはさすがに初めてのことでした。

 実は、同じ日の同じ時間に、イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)でブリテンの《ねじの回転》を上演しており、どちらに行こうか直前まで悩みました。

 結局ROHの《カルメン》を選んだのは、主要キャストが豪華だったから。

 なにしろエリナ・ガランチャのカルメンに、ロベルト・アラーニャのドン・ホセ。エスカミーリョはイルデブランド・ダルカンジェロです。

 本場イギリスで見るブリテン演目というのも、これが《ピーター・グライムズ》か《ビリー・バッド》であったのなら迷わず飛びついたと思いますが、せっかくの海外オペラ鑑賞ということでスター歌手を選んだ私。オタク心よりミーハー精神のほうが勝っていたということです。

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タグ:カルメン ROH

《トスカ》@新国立劇場12/2 -- 不完全燃焼 [オペラ実演レポ]

t2.jpg 12/2、初日を観てきました。

 これも聴き飽きた部類の演目ではあるのですが、今年の新国通いが《ヴォツェック》で終わるのもなんだかな~・・だったので、駆け込みでチケットを取りました。

 やはり「いかにもオペラ!!」ってな音楽と豪華な舞台で盛り上がりたいではないですか。

 ここ最近は、全く耳慣れないオペラにばかり行っていたので、《トスカ》のようにそれなりに知っている作品というのも安心感があって良いものです。

 ただ、こういう有名ドコロはCDやDVDでいわゆる「一流」の演奏に簡単に触れられるので、私のようなシロウトでもそれなりに耳が肥えてしまっています。ナマ鑑賞も、06年のローマ歌劇場のお引越し公演で、大枚はたいて体験してしまったし。懐かしのレポはこちら。まだ前のブログがオペラ専門じゃない頃に書いた記事です♪)

 多少のガッカリ感は覚悟した上で、会社から初台へ直行しました。

 ちなみに新国立劇場は、我が職場から徒歩で15分程度の近さなのです。あまり平日に行ったことがなかったので、この日はじめて気付いた事実でした。

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タグ:新国 トスカ

R・シュトラウス《カプリッチョ》@日生劇場11/22 [オペラ実演レポ]

cap0.jpg まだROH《カルメン》の感想も書いていないし、旅行の写真アップもまだですが、二期会の《カプリッチョ》が期待以上によかったので取り急ぎ備忘録。

 まさかこの演目で泣けるとは思っていなかったのです。

 同じ演目でも演出によっていくらでも印象は変わりますが、元々の台本を新たなストーリーで包み込んだ、メタフィクション的な演出の成功例だと思いました。

 オペラ、そして芸術全般にとって、より優先されるべきは言葉か音楽か。グルックがオペラ改革を行った時代――18世紀の貴族のサロンで、こんな議論をあーだこーだ繰り広げ、結局「どちらか一つなんて選べない」という“オチ無し”のお話です。

 ヒロインである伯爵令嬢(マドレーヌ)の心を、若い詩人と音楽家のどちらが射止めるか、という三角関係にも置き換えられていますが、ライバル同士で決闘するとかそういう事件はひとつも起こらず、とにかく最後まで会話だけ。

 このオペラを観に行くのは初めてのことだったので、何度か“予習”を試みましたが、CDだと退屈きわまりなく、さっさと挫折いたしました。一応、トーマス・アレンが伯爵をやってる音源で挑戦したんですけどね。

 ところが、今回の演出では時代をナチス占領下1942年(シュトラウスがこの作品を作曲したのは1941年) に移し、音楽家フラマンと詩人オリヴィエをユダヤ人という設定でした。

 したがって、テーマとしては深いけれどもドラマ性は薄かった《カプリッチョ》に、芸術のそもそもの存在意義を問いかける大河小説的な重みが加わったというわけ。とりわけ2幕での意外な展開に目が釘付けで、退屈どころか目頭がちょっと熱くなったりしたんですよね。

 やっぱり舞台は実際に観てみないとわからんものです。

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ムツェンスク郡のマクベス夫人@新国立劇場5/4 [オペラ実演レポ]

sikoku makubesu1.jpg 5/4(月)、連休のマチネに行って来ました。新国は初めての両親のアテンドで、オペラの前に都内を歩き回りましたので、今回は着物ではありません。

 ショスタコーヴィチのこの演目は、オペラのガイドブック等でタイトルや大体のあらすじは知っていたものの、実演はおろか音楽を聴くのもまったく初めて。CDでも買って予習などもしたかったのですが、なんだかんだで暇がなく、ぶっつけ本番で臨みました。

 mixiで良い評判を聴いていましたし、まぁ退屈することはなかろう…と、その辺は安心しておりましたけれども、そんな予想以上の質とレベルに大満足です。特に、

 ・超ハイテンションなショスタコーヴィチの音楽
 ・陰鬱なストーリーとは裏腹な、「プ…」と笑えるリチャード・ジョーンズの演出

 この二つがモロに私の好みだったのでして、高いチケット代で冒険をした甲斐がありました。
 プロダクションじたいは英国ロイヤルオペラからの借りものですが、ソリスト達もよかったし、このような質の高い公演をここ東京で観ることができるなんて幸せな時代になったものだと思います。

 ※《ムツェンスク郡のマクベス夫人》あらすじはこちらを参照ください。

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《蝶々夫人》@新国立劇場 1/24 [オペラ実演レポ]

sinkoku chouchou1.jpg プッチーニのオペラ《蝶々夫人》の初演は1904年。日本の暦では明治37年で、ちょうど日露戦争が勃発した年にあたります。

 既にこの時代から、日本においても歌劇団体は存在してたそうですし、学生によるオペラ公演も行われていたようですが、オペラ先進国に肩を並べるレベルの《蝶々夫人》が日本の国立歌劇場のレパートリーとなり、頻繁に上演される時代が来ることを、はたして作曲者のプッチーニはどこまで予想していたでしょうか。

 2009年初のオペラ実演鑑賞は、新国立劇場の《蝶々夫人》。1/24最終日の公演です。

 このオペラ、題材が題材だけに、長いこと食わず嫌いを貫いてきましたもので、全曲をきちんと把握できるようになったのは実はつい昨年のこと。しかも全く真面目に聴いてはいませんで、ネタ大関のゲッダニコライによるニヤけ歌唱に大笑いをするという、なんとも“私らしい”鑑賞スタイル。

 そのせいか、ヴェルディ大先生の諸作品と同じく、すっかり《蝶々夫人》はオモシロ演目である(`・ω・´) !!という誤った認識を抱いたまま、新国での初鑑賞に臨むこととなったのでした。ハイ、実演はもとより、“絵付き”でこのオペラを鑑賞するのも初めてのことだったのです。

sinkoku090124.jpg ←本日の座席はコチラ。A席・2階・5列目の26番。

 ほぼど真ん中の良席です。2階席の最後列ですから、ちょっとくらい座高が高くても、身を乗り出しても誰にも迷惑はかかりません。

 私よりも早くこの公演を2回も観ていた妹から「この演出は、なるべく真ん中の席で観たほうが良い」とアドバイスされていました。mixi経由で手に入れたチケットでしたので、自分で座席を選んだわけではないのですが、たまたまピッタリの場所で本当によかった。

 同時期にmixiで4階席のチケットが売りに出され、安さに目がくらんで一瞬そちらに引きずられそうになったのですが、上の階の席では演出の要である星条旗が見えなかったのだそうです。


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The Magic Flute - Impempe Yomlingo (ソウル・オペラ「魔笛」)@東京国際フォーラムC [オペラ実演レポ]

magicflute4.jpg
 アフリカは人類発祥の地と言われています。
 そのせいかどうかわかりませんが、アフリカや中東の女性が発する独特の奇声を聞くと、荒々しい狂騒に飲まれつつも懐かしさに涙したくなるような奇妙な感情に襲われる私です。

 整然としたクラシック音楽を聴いている時の精神状態とはまったく違う。まぁ、ヴェルディ中期の作品の最高潮にハイテンションな部分を聴く時の興奮とは若干似通っているかもしれません。が、血沸き肉踊るヴェルディの楽曲であっても、あのアフリカンな奇声のように、誕生前の記憶を揺さぶれるかのような生命力はさすがに感じることはないのです。

 いわんや、モーツァルトをや。

 というわけで、アフリカン・ミュージックにアレンジされた《魔笛》がこんなに魅力的に生まれ変わるとは、なんたる驚き。実際に鑑賞する前もアイデアは面白いと思っていましたし、それなりに楽しめるだろうと期待をしていましたが、期待を超えた体験ができて大いに満足した公演でした。

 実演レポに映像や音声は付けない主義ですが、言葉で説明してもなかなか伝わらないと思いますので、YouTubeの予告動画をご紹介しておきます。



 この画期的な舞台は南アフリカのISANGO/PORTOBELLOというカンパニーによるもの。2008年2月~のロンドン公演も大盛況で、同年のローレンス・オリヴィエ賞を受賞したそうです。

 このロンドン公演の際、アレンの追っかけで私もかの地におりまして、観光の折にこの演目がかかっている劇場の前を何度か通り過ぎたものです。
 私の渡英のお目当ても同じく《魔笛》@ROHだったこともあり、こちらのアフリカン《魔笛》のほうにもけっこう興味がそそられていました。

 結局日程の都合でアフリカン《魔笛》は観ないままに私は帰国。同行していたサルダナさんが後の日に鑑賞、詳しいレポを書いてくださっています。こちら⇒ミュージカル「魔笛(The Magic Flute)」
 コメント欄に、観なかった私の悔しさいっぱいのコメントも残っていて笑えます。

 ROHの《魔笛》は(あまり好きじゃないくせに)3回も観て、(弁者のシーン以外は)けっこう飽き飽きしていたことを思い出すにつけ、アフリカンなほうも行っておくべきだったなぁと未練タラタラだったのですが、1年も経たぬうちに東京公演が実現して本当にラッキー。


 私が観たのは12/23(火)、最終日の昼公演でした。


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《ドン・ジョヴァンニ》@新国立劇場 12/7 [オペラ実演レポ]

dg_sinkoku1.jpg 新国立劇場の《ドン・ジョヴァンニ》を鑑賞。

 私、コレ、ほんっと~うに期待していなかったんですが、期待していなかったのが功を奏したのか、それなりに楽しむことができたのが収穫でした。

 何を期待していなかったって、ルチオ・ガッロです。実際はけっこう気に入ったのでよかったのですが、当日までは「ガッロ? 知らん!!」ってな状態でして(爆)

 ヴァランシエンヌさんに、「ほら、クーラとグレギーナの《マノン・レスコー》でレスコー兄だった人ですよ」と教えていただき、私、そのレスコー兄もあまり良い印象を持っていなかったもので、ますます「どーでもいいや」モードに入ってしまって(爆)

 実際、幕が上がってからも「シラ~…;;;」としたままで、いまいち乗りきれなかったのです。歌もまずくはないし、ごく普通にドンジョを歌っているのねという感じなのですが、とりわけ光るものや目新しい部分は見当たらない。ワクワク感に欠けるな~と思っていたのですが、ツェルリーナを口説くあたりから次第に「これでいいのかな」と考え直しました。

 実際、ガッロの歌唱も後半に行きしに精彩を放つようになってきたようです。2幕が始まったあたりからは、ついうっかり(?)笑い声を上げたりして、舞台上の出来事に集中できるようになっていました。


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ヤナーチェク《マクロプロス家の事》@日生劇場11/20 [オペラ実演レポ]

makropulos.jpg 《マクロプロス事件》という訳のほうが一般的かもしれません。ほかにも《マクロプロスの秘事》という訳もあり、'06年の東京交響楽団定期演奏会ではこちらのタイトルでした。

 チェコ語の原題は“Vĕc Makropulos”ですが、この"Vĕc"をどう解釈するかによって訳が変わってくるのだそうです。
 「事」とか「物」とか「あれ」とか「それ」とか、多義的というか曖昧なので、今回の二期会による上演では、観客に先入観を与えないよう、出来る限り原題の雰囲気を生かした翻訳をこころがけたのだとか。

 私も、単に「事」とした今回の翻訳がいちばんしっくり来ると思います。ほとんど予備知識ゼロの状態でこのオペラを観たのですけど、「秘事」とか「事件」などとしてしまうと、胸に残っている余韻とはかなりズレてしまいます。

 不老不死の薬を飲んで337年も生き続ける絶世の美女と、翻弄される男たちの物語。設定だけを読めば荒唐無稽でバカバカしいので、ついつい三面記事的な派手な訳語を当てはめてしまいがちですけれども、ヤナーチェクが注目した主題は「とほうもなく長生きをすることの驚異」ではなく「死による救い」でありますから、センセーショナルな字面に頼るべきではないでしょう。

"あなたたちには、この世の全てが意味をなす。
あなた達には、この世の全てに価値がある。
ものの見えぬ人たち、あなたたちは幸せ。
早々に死ぬという運命に恵まれているのだから。"


 ヒロイン、エリナ・マクロプロスの驚異的な長寿は本人が意図して得たものではなく、典医の家に生まれた運命や為政者の気まぐれに利用されたが故の悲劇です。「事件」や「秘事」と限定するより、理不尽な人間世界の営みすべてを包括した「事」という訳語を当てはめたほうが、物語の主題を損なうことなく観る側に伝えることができるではと思います。

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演奏会形式《ロベルト・デヴェリュー》ウィーン国立歌劇場来日公演@東京文化会館 [オペラ実演レポ]

grube.jpg 一度は生で聴かねばと思っていた、コロラトゥーラの女王エディタ・グルベローヴァ。けっこう来日してくださるので、ついつい先延ばしにしがちでした。

 今回のウィーン国立歌劇場来日公演にしても、チケットがあまりに高額なのに恐れをなして、当初はスキップする予定でした。が、「この機会を逃すな」という神サマのお計らいがあったのでしょうか。mixi経由で最高の席のチケットを割安で譲り受けるという幸運に恵まれ、曇天の下、東京文化会館へ。

 演目は《ロベルト・デヴェリュー》

「ベルカントは苦手」と言いつつ、ドニゼッティはかなり好きなほうなのでして、このオペラも“永遠の心のハニー”であるところのグロ様がノッティンガム公を歌っている録音を手に入れたのをきっかけに、ちょくちょく家事のBGM(!)にしています。
 ストーリーはこちらを参照ください。

Elizabeth_I_(Armada_Portrait).jpg ウィーン国立歌劇場での舞台装置はたいへん大掛かりでインパクトのあるものだそうですが、日本でその装置に対応できる劇場が無かったためか、演奏会形式での上演となったそうです。

 こちらのブログ「オーストリアこぼれ話」さんの記事に、現地での舞台の様子の詳細があります。本来は衣装も、いかにも16世紀な、カラーので~ん!!と立ったヤツなんですね。

 そういう演出でも観てみたかったのはヤマヤマですが、実は演奏会形式のオペラを生で体験するのは初めての私。そちらのほうも興味津々でしたし、今回はグルベローヴァの歌唱に全神経を集中させたいという気持ちもありましたので、ちょうど良かったと思います。


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《リゴレット》@新国立劇場 11/3 [オペラ実演レポ]

sinkoku rigo1.jpg 最終日の公演を観に行きました。

 大好きなヴェルディの、お気に入りの演目。そして、私の永遠の心のハニーであるところの今は亡きピーター・グロソップ様の最も愛したタイトル・ロールということで、どうしても点が辛くなります。

 今回、私が最も感激したのは、アルベルト・ファッシーニアレッサンドロ・チャンマルーギによる演出と舞台美術でした。

 無料で配布されている「ステージノート」によりますと、ファッシーニは映画監督のルキノ・ヴィスコンティのアシスタントを経て、数多くのイタリア・オペラの演出を手がけてきた方だそうです。同じキンキラキン、絢爛豪華な路線を行くゼッフィレッリとはまた違ったモダンさ、デフォルメされたエキゾシティズムに溢れる第1幕第1場、マントヴァ公の城の広間は、これから繰り広げられるおどろおどろしい物語の幕開けに、まことふさわしいものでした。

sinkoku rigo2.jpg また、暗闇の街の様子やリゴレットの棲家、3幕の居酒屋は、マントヴァ公の輝かしい城とは対照的なモノトーンなのですが、ポップアップ・アート(注1)を連想させられるような立体感・遠近感のあるセットです。回り舞台を効果的に利用して場面転換を行いますので、たいへん臨場感がありました。

 特に、3幕の居酒屋のセット(写真)が素晴らしく、リゴレット父娘の立つミンチョ河の岸辺の路地、居酒屋の内部、そしてマントヴァ公が眠る屋根裏部屋の3層建て。これぞ「舞台劇!!」といった迫力で、最も印象に残っています。

 居酒屋でマッダレーナと戯れるマントヴァ公を照らすオレンジ色の光。リゴレット父娘の悲劇の元凶であるにもかかわらず、呪いなどどこ吹く風で快楽にふけるマントヴァ公。
 登場人物のほとんどが多かれ少なかれ傷を負っている中で、痛くも痒くもなかったのはこの不敵なマントヴァ公だけのはずです。

 幕切れの、なんともやるせない後味の悪さ、理不尽さが魅力の《リゴレット》ですが、その本質をよく表した演出であると思いました。



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