聴きました!! -- アレンのファニナル in ROH 《ばらの騎士》 [アレンの音源・映像鑑賞記]

NYメトロポリタン歌劇場(Met)に引き続いて、こんどは英国ロイヤル・オペラ(ROH)での《ばらの騎士》です。6/5(土)18:00から(日本時間では6/6、02:00)、BBC Radio3で放送されました。
「ああ~アレンのファースト ファニナルを聞き逃した~ッ!! ヽ(`Д´)ノ」という方、どうぞご安心くださいませ。
少しでも臨場感を味わいたい私は真夜中にPCの前に怪しく座り込みましたが、上記放送はBBCのiPlayerで7日間、いつでも視聴可能です。(⇒こちらをクリック)
こういうサービスがあるから、BBCはありがたいですね。
私も1幕の録音が少し欠けてしまいましたので、今週中に録り直しするつもりです。
そうそう。今回放送された《ばらの騎士》。
サー・トーマス・アレン(Sir Thomas Allen)の50役@ROH達成!! という記念すべき公演でもあります。
当時の批評をこちらの記事にまとめてありますので、ぜひまたご覧になってください。
iPlayerで聴けるうちは、恒例の音源アップはちょっと自粛することにして...。ざっと感想だけ、記録します。
どうしても先に聴いたMetバージョンと比較してしまいます(時系列的には、Metのほうが後なのですけど)。重低音がスカスカな音質の影響もあるのでしょうが、全体的に地味地味な印象。
キャストのネームヴァリューの差も聴く耳に影響しちゃっていたのかもしれません。
ROHの元帥夫人はソイレ・イソコスキ(oile Isokoski)、オクタヴィアンはソフィー・コッホ(Sophie Koch)。
コッホはともかくとして、イソコスキは初めてでしたし。
かたやMetでは、フレミングの元帥夫人にグレアムのオクタヴィアン。特にグレアムの声に私、完全にヤラレちまっています。
アレンがファニナルを歌っているという点(これ重要!!)でも合格だし、Metバージョンが理想的な《ばら》のキャスティングとしての刷り込みが完了しています。きちんと聴く前からROHバージョンの分が悪いのはもう致し方なかったと思います。
《ばらの騎士》@METライブビューイング [アレンの音源・映像鑑賞記]

Metライブビューイング《ばらの騎士》です。
音楽じたいは1/10にラジオの生放送で鑑賞済。トーマス・アレン(Thomas Allen)の健在ぶりとMetでの人気も確認済(笑)でしたので、直前まではけっこう冷静だったのですが。
いざこうやって大画面で鑑賞・・・となると、テンション上がりまくり、気合い入りまくり。東劇の座席に着いた瞬間からどうもソワソワ落ち着かず、1幕は出ないってわかっているのに、妙にドキドキしてしまいました。
そして2幕、ファニナル登場~~!!!の瞬間は、ラジオで確認したとおり、客席からドッと拍手がっ。
愛されてるわね~ぇ、アレンちゃんっ。・゚・(ノ∀`)・゚・。
映画館の不自然なまでの大音響のおかげで、ラジオの音声なんかよりもずっと、アレンの声も透明感と張りが増して聴こえましたし、白粉を塗りたくってホクロまで付けた胡散臭いおカオのドアップにメロメロです(笑)
アレンはやっぱり、こういう時代劇のカツラが似合うわっ。
声の調子も(最近にしては)けっこう良かったほうだと思うし、演技は相変わらずのオーバーアクションとお茶目な上目遣いを駆使していまして、こんなに小さな役でもアレンはアレンだわ~と大満足です。
映像や画像をお見せできないのが残念ですが、皆さんとこの感動を共有したく、またもや1/9の音源からオイシイところをYouTubeに上げてみました。
2幕の後半。
結婚を嫌がる娘を「修道院に送るぞーーー!!」と叱りつけ、オックス男爵に「何でもしますからぁ~!! 破談にしないでくだせーましっ!!」とペコペコ愛想をふりまく、ファニナル最大の(笑)見せ場です。
まさかこの部分をアレンの声で聴くなんて、ファンになったばかりの頃は考えもしませんでした(笑)
ご贔屓さんのレパートリーが増えるって、本当に幸せなことですねぇ。
聴きました!! -- アレンのファニナル in Met 《ばらの騎士》 [アレンの音源・映像鑑賞記]
2010年初のオペラ活動(略してオペ活)は、明け方の暗い室内で何時間もPCの前に座り込むという、なんともオタクなものでした。久しぶりのネットラジオ生放送の生録音ということで、年明けから気合いを入れて準備をしました。その甲斐あって、しっかり目的を果たせました。
NYのメトロポリタン歌劇場(Met)、《ばらの騎士》(Der Rosenkavalier)。2010年1月9日の公演です。
今年のオペ活、幸先の良い滑り出しとなりました。
“じーちゃん”ことサー・トーマス・アレン(Sir Thomas Allen)のファニナルも好調です。
12月のロイヤルオペラハウス(ROH)での批評にもあった通り、2幕の出だしの"Ein ernster Tag, ein grosser Tag! Ein Ehrentag, ein heilger Tag! "の部分、ばっちりキメてくれましたとも。
アレンが登場した瞬間、客席からドッと拍手がわいたのも、聴いていて嬉しかったところです。
サーの健在ぶりをアピールするために、速報的に音源をYouTubeにアップしました。
2幕冒頭。娘が貴族と婚約する、その証の銀のばらを渡す「ばらの騎士」を屋敷に迎えることになり、成金父ちゃんファニナルが大喜びをしているシーンです。
傍にいたはずのクリスティーネ・シェーファー(Christine Schäfer)とか、ものの見事にスルーしてます(笑)
普通のオペラファンの皆さん、ごめんなさい。
ルネ・フレミング(Renée Fleming )はちょっと声が痩せたかなぁ?という感じでしたが、ちゃんと聴かせてくれましたし、容貌のことでやいのやいの言われているスーザン・グレアム(Susan Graham)も、耳だけで聴く限りではとても良かったんですよ。というか、私はこういう声のオクタヴィアン、好きなんです。
↓こちらは2幕中盤。クリスティン・ジグムンドソン(Kristinn Sigmundsson)扮するオックス男爵が登場し、ゾフィーにさんざんセクハラを働くシーン。
ゾフィーに一目惚れをしたオクタヴィアンは怒りますが、ゾフィーの父ちゃんは「貴族様がわしの娘を気に入ってくれた!!」と(またしても)大喜び。ええ、ダメ父ちゃんの役なんですよ。
(オックスとゾフィーの写真は09年10月のものなので、ビデオのゾフィー役はシェーファーではなく、ミア・パーションになっています)
今回、アレンのために2幕冒頭を編集していて動画づくりのオモシロさに目覚めましたので、暇ができたら他の部分もアップするかもしれません(もちろんファニナル父さん中心です。だってファンブログですからね。その辺はご了承ください)。
そうそう、BBC Radio 3で聴いていたので、ちゃんとアレン情報もゲットしまして。ROHの12月の舞台の様子も後日放送するんですって。
Metのと聴き比べなければなりませんから、またPCにかじりついて録音します。
いや、その頃までには、ストリームキャプチャのスキルを身につけられれば、いちばん良いんですけどね・・(←ITに弱いもので)。
[ヴァン=アラン追悼・再掲] トーマス・アレンの《ビリー・バッド》/マンガ編 [アレンの音源・映像鑑賞記]
※12/4、英国人のバス・バリトンリチャード・ヴァン=アランが亡くなりました。73歳でした。(⇒訃報記事はこちら)トーマス・アレンやニコライ・ゲッダのコレクションで手に入れた音源や映像にもちょくちょく登場するベテラン歌手で、親しみを感じていた人だけに、とても残念なニュースです。
追悼の意を込めて、旧ブログでのネタ記事をこちらへ移行。メンテおよび試聴ファイルも追加の上、再掲載といたします。
'88年の《ビリー・バッド》@イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)。
ヴァン=アランは敵役、ジョン・クラッガートを演じました。
善なるものを憎みつつも求めずにはいられない、原罪を背負った人間の煩悶がリアルに伝わる歌唱です。ヴァン=アランのクラッガートがあったからこそ、アレンの演じるビリー・バッドも説得力を持ち得たのだと思います。
↓コレです。

わざわざ海外から取り寄せたというのに、ネタ的にはかなり期待ハズレです。
声もよく出ています。
日頃の「ファンにあるまじき鬼畜ネタ」のバチが当たったのかもしれません(つД`)
おまけに、タイトル・ロールのアレンよりも、ヴィア役のフィリップ・ラングリッジの写真の方が大きいです。
兄さんも二枚目歌唱&大マジ演技しちゃってますし、イジリようがありません。これじゃただのカッコいいおじさんじゃないですか(←カッコよくちゃ悪いのか?)
まぁウチのblogは、オペラ関係以外の知り合いもひっそりとROMしてくれていますので、そんな方々にも楽しんでいただけるよう、今回は普通に《ビリー・バッド》のストーリーを紹介してみようと思います。
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トーマス・アレンの《コジ・ファン・トゥッテ》@英語歌唱(ゲスト: トビー・スペンス) [アレンの音源・映像鑑賞記]
トーマス・アレンのNEW “コジ” だ~ヽ(´ー`)ノ と、今年の春に喜び勇んで入手したコチラですが、CDプレイヤーに突っ込んでみてびっくり。英語歌唱だったのねん……orz
おもしろいもので、言語が違うとリズムまで変わったりちゃったりするんですね。聴き慣れたオペラのはずなのに、なんだかビミョーに新鮮……orz
しかも、イタリア語に比べたら圧倒的に身近な言語だから、大抵の歌詞はダイレクトに理解できちゃうのだ。夢が無いなぁ……orz
なので、あんまり回数多く聴いていなかったんです。アレンのドン・アルフォンソなら、ラトル盤@原語歌唱がありますしね。リッパな歌唱を聴きたけりゃ、グリエルモ@グラインドボーンDVDがあるわけだし。
あ、すっかり忘れ去られてるけど、歌唱&演出のサイアクなザルツブルクDVDもあったわ。つか、アレンの“コジ”多すぎよ!!ヽ(`Д´)ノ
それに、この“コジ”のアレンはつまらないです。すっかり脂が抜けちゃったというか。そりゃぁ小器用にやってますし、魅力が無いわけではないんですけど、なんかもう、すっかり定番化されちゃっている感じ。光るものが見出せないんですよね。
この人の若い頃のがっついた感じの歌唱が好きな私としては、かなり寂しい。お顔を見るまでもなく、「アレンもおじーちゃんなのねぇ……orz」と、あまり認めたくない事実を耳元に突きつけられちゃったというわけです。
だから初役のジャンニ・スキッキも結構心配してたんですけど、超久方ぶりにヤル気を見せてかなりがっついた歌唱を披露してくれたから、そりゃーもう嬉しかったですワ。
で、若いバリトンに救いを求めよう思ったんですけど、グリエルモ役のクリストファー・マルトマン、うーん……どうしてこの人は、いつも「可もなく不可もなく」なんだろうねぇ。歌唱だけで聴くと、テンションが低いわ。常に「真ん中のド」よりも半音下がったあたりで安定しているって感じです。
そう、魔笛のパパゲーノの時もこんなテンションだったのです。歌唱は。そのくせ動きがチョコマカ面白かったんで、妙にヒョウキンな味があったんですけどー。うーん、どんなジャンルであっても「オペラはテンションが命!」な私にとっては、もう少し頑張って欲しいわ。時たまおもしろいヴィブラートは聞かせてくれるけど。
で も ね … … (*´艸`*)
最近、このCDを聴く新たな楽しみに目覚めたの。
フェランドを歌っているトビー・スペンス。テノールよ? テノール!
大変ですよ、皆さん! バリトンフェチな私が、テノール、それも 若いテノール にちょっとだけトキメキを感じているのよ!?(*゚Д゚)
まずは恒例のご尊顔をご披露することにしとくわね?
ROHの《ラ・ボエーム》 -- アレンの“ふさふさ”マルチェッロ [アレンの音源・映像鑑賞記]
ブログ仲間の皆さんがゾクゾクとロンドンから帰国されています。今年はロンドンへ行く方が多いですね。いいナ~なんて、久しぶりにRoyal Opera Houseのサイトを訪れてみましたところ、フムフム、10月は《ラ・ボエーム》なんてやるんですね。今シーズンのROHのラインナップはどうも地味ですから、ドンジョとか、ボエームとかの人気演目も間に挟んでおかないとね。
配役もなかなかイイ感じよ。
ロドルフォは韓国人の Wookyung Kimね。彼は昨年の《リゴレット》で観たことがあります。声はなかなか良いし、見た目は、はるか天井桟敷の席からでもちゃんと笑えました。ウム、ロドルフォの見た目が笑えるというのは、個人的にツボです。ハイ。
そしてバリトン贔屓には気になるマルチェッロは、クリストファー・マルトマンなり~。そう、2月の《魔笛》パパゲーノ@Bキャストの彼です。これがなかなかよかった+アレンが演出した(*゚Д゚)ドンジョでタイトル・ロールを演じたという勇者っぷりを買って、ワタシが目をつけているバリトンですよ!
ショナールは……知らない人だわ(爆)
んで、コッリーネは……ほほう、ウチのブログのゲストであるところのアレクサンドル・ヴィノグラードフ@ヴィブラート震度6の君じゃありませんか。
ワタシの記憶が正しければ、彼は去年もROHの《ラ・ボエーム》でコッリーネを歌ったはず。劇場デビューだったっけ? 瑞々しいコッリーネ(バスだけに、なかなか見られませんね~)で好評を博したのがまだ記憶に新しいです。
飽きた、飽きた、とさんざん言っておりますけれども、こういうキャストなら観てみたいです。ああこれを新国でやってくれたらなぁ。平日であっても半休とって、S席被りつきで鑑賞するんですけどねぇ。
だって、コレよ?この美少年がコッリーネよ?
コッリーネっつったら、本の虫で、床屋なんかに行ったことのない髪ボーボー髭ボーボーの熊男で、たぶん風呂にも入っていない不精者。女のコにも(さほど)興味も持っていなさそうな、絶対に絶対にモテない系のオヤジ臭いキャラなのよ?
ヴィノ君を取り上げる時には必ず引き合いに出しちゃう、

ええと、わが愛しのボリス・クリストフ様みたいな、むくつけき中年のオッサンこそが歌うべき役なんじゃないかと思うんですけどね。いや、イメージよ、イメージが……;;;
でも考えてみたら、主要4人のキャラはみな青春真っ只中な若者なわけで、まぁそれをメタボなオッサン歌手がやるから面白いわけだけど、リアルに若々しくてカッコイイ旬の歌手が歌ってくれる美しい舞台というのもたまには見てみたいと思います。マルトマンだってカツラを着ければ美青年。ええワタシだって、一応、人並みの美意識は持ち合わせているんですってば!
ちなみに、伝説の名バス歌手、ボリス・クリストフ様のデビューは、この《ラ・ボエーム》のコッリーネだったそうです。4幕の外套のアリアでは拍手が鳴り止まなかったとか。 現代なら「是非ともオペラ・シェアで…!!」とジタバタするところですが、大昔の歌手ですからそんな至福は望むべくもありません。ボリスの盛大なヴィブラートを耳に焼付け、妄想する以外に鑑賞する方法はないんですよね。残念です。
……と、ここまでが前振りね(←おい)。
このROH《ラ・ボエーム》、美しい演出で有名なんですが、息の長~い長~いプロダクションでして、もう20年は続いていますでしょうか。
なにしろウチの三大じーちゃんバリトンの一人であるところのトーマス・アレンが、まだ兄さんだった時代にこの同じプロダクションでマルチェッロを歌っていたことがあるくらいです。その時(1982年)の映像がDVD化されていますが、ミミが可憐なコトルバスってのもあって、なにげに売れ筋なようですね。ついこないだも、小学館の魅惑のオペラシリーズにて選ばれたりして、ファンとしてもけっこう鼻高々であります。(いや~、もう一つが例のドンジョだしねぇ~。アレだけだったらいたたまれないですよ。ホント)
というわけで、おっそろしく長い前振りでごめんなさい。これからたっぷりと、昔はカッコよかった"ふさふさ"な兄さんを、ご披露してさしあげるわね♪
トーマス・アレンのベックメッサー@《マイスタージンガー》ROH盤 [アレンの音源・映像鑑賞記]
夢にまで見た、トーマス・アレンの声がよく出ているベックメッサー@《ニュルンベルクのマイスタージンガー》、97年ROHライブ盤です。購入したのは5月ですが、例によってベックメッサーのシーンだけを拾い聴き。あとは放っておいたんですけど、このたび一週間かけて全曲聴き通しましたので、記念に感想記事を上げておきます。
野望としては、このCDを聴き込んでアレンの声を耳に焼き付け、レヴァイン盤のDVDをミュートにして鑑賞することだったり(爆)
それはそうと、《マイスタージンガー》を全曲制覇したのはやっと3作目になりますが、早くもこの演奏が私の“スタンダード”になりそうな予感。アレンだからというのもモチロンありますが、全体的に他のキャストも理想的な歌唱をしているから、というのが第一の理由です。
特に、ジョン・トムリンソン@ハンス・ザックス!!
なんてデカ声でスットコドッコイなオモシロ歌唱をしてらっしゃるんでしょう・:*:・(*´∀`*)ウットリ・:*:・
ワタシ、真面目くさったカッコイイ系なザックスはイヤなのです。この人くらいKYな雰囲気を漂わせてくださらなくっちゃ。鍵はやっぱり歌唱にアリで、トムリンソンってばもー、そこかしこで盛大な#。笑える縦揺れ系のヴィブラート。
これくらい愛嬌たっぷりな声であれば、何時間でも耐えられるどころか、耳が積極的にメロディラインを追ってくれるので、演目にどっぷりのめりこめます。
普段からオモシロ歌唱@ヴェルディばかり追い求めている邪道リスナーなんで、許してネ。
ヴァルターがイェスタ・ウインベルイなのもとっても嬉しい。私、この人の肉厚で力強い声が好きなのです。モーツァルトの印象が強かったのですが、ヴァルターも歌っていたんですね。
初めて聴いた時は、「さすがウィンベルイだわっ!!」と耳がハートになりました。が、こないだのバイロイトのフォークトの後ですと、ちょっと声が篭って聞こえます。「朝日は…」の美しいメロディラインが際立たず、親方連中のバス声に埋没している感じ。
また、要所で荒々しいアタックを多用していますが、モーツァルトでならそれも魅力的に聴こえますけど、この演目ではせっかくのメロディを潰してしまっているように思います。
この演目でロマンティックで情熱的なメロディを受け持つのは、ほぼテノールのヴァルターのみですから、ちょっとくらいか細くても声に光沢のあるテノールが、親方連中のオモシロ歌唱にキレイに被ってきてくれると嬉しいんだけどなぁ。
指揮もベルナルト・ハイティンクでしょう。ハイティンクの音づくりは、どんな曲であっても何か宗教的な、清らかな響きがあるから。
まだ歌唱を追うのに精一杯で、オケになんて意識が向いていませんが、それでもところどころで「あ~、ハイティンクだなぁ」と感じます。例えば、透明感のある、雄大さを意識したような管楽器のフレーズは、たまにふっと浮上してくるヴァルターの旋律と似たような印象があるのです。狙ってそうしているのかはわかりませんが、だからこそヴァルター役のテノールは管のような澄んだ響きであって欲しい。
ハイティンクのワーグナーの演奏が“ワーグナー的”であるのか否か。たぶん、違うんだろうなと思うのですが、基本ヴェルディアンな私が何を求めてワーグナーを聴くかと言えば、今のところは「洗練されたロマンティックさ」だったりしますんで、ハイティンクの上品な音づくりは心の琴線に大ヒットしています。
《コジ・ファン・トゥッテ》@グラインドボーン1975 -- 注:アレンのネタあり [アレンの音源・映像鑑賞記]
誰ですか。《コジ・ファン・トゥッテ》が苦手だなんて、ケシカランことをほざいていたのは!? (去年までの自分です)
心を開いて聴いてみりゃぁ、美しくて複雑な重唱満載で、楽しいオペラじゃありませんか。
特定の歌手を追っかけていますと、時には苦手だったり偏見を持っていたりする演目にも手を出さにゃならんのですが、それがキッカケでその作品の思わぬ魅力に気づかされることが多々あります。
ありがたいことに、アレンは定番モノからマイナー演目まで正規の録音・映像がけっこうあるので、怠惰な私も(比較的)趣味が偏らずに済んでいると思います。
なにしろモーツァルトでしょ、バロックでしょ、ベルカント系でしょ、フランスものも少しはあるし、プッチーニ、ワーグナー(*゚Д゚)、現代モノにオペレッタ、ミュージカルまであるもんね。
え、ヴェルディ? ……その為にグロ様のファンになったんだからいいンだよ!! (`・ω・´;)シャ、 シャキーン
コジを好きになれたのも、モロにアレン効果ですね。
アレンと言えば、今ではドン・アルフォンソ役で定着していますが、若い時代は当然グリエルモを歌っていました。
ようやくそのDVDを手に入れることができましたので、ご紹介したいと思います。
ナント、1975年のグラインドボーンでの収録。兄さんは……エート……さっ、31歳ですかっ!?(*゚Д゚)
そりゃ“兄さん”じゃないよ、“弟”だよ。さ、さすがにショックだわ……orz
で、でも、しぼんだ風船にシリコンを詰めたよーなおじいちゃん顔に萌えてばかりいるのもナンだし。
サーだって、昔はフサフサぴちぴちの美青年だったに違いありませんよ?
つづきを読む前に。今日もぽちっとランキング。
心を開いて聴いてみりゃぁ、美しくて複雑な重唱満載で、楽しいオペラじゃありませんか。
特定の歌手を追っかけていますと、時には苦手だったり偏見を持っていたりする演目にも手を出さにゃならんのですが、それがキッカケでその作品の思わぬ魅力に気づかされることが多々あります。
ありがたいことに、アレンは定番モノからマイナー演目まで正規の録音・映像がけっこうあるので、怠惰な私も(比較的)趣味が偏らずに済んでいると思います。
なにしろモーツァルトでしょ、バロックでしょ、ベルカント系でしょ、フランスものも少しはあるし、プッチーニ、ワーグナー(*゚Д゚)、現代モノにオペレッタ、ミュージカルまであるもんね。
え、ヴェルディ? ……その為にグロ様のファンになったんだからいいンだよ!! (`・ω・´;)シャ、 シャキーン
コジを好きになれたのも、モロにアレン効果ですね。アレンと言えば、今ではドン・アルフォンソ役で定着していますが、若い時代は当然グリエルモを歌っていました。
ようやくそのDVDを手に入れることができましたので、ご紹介したいと思います。
ナント、1975年のグラインドボーンでの収録。兄さんは……エート……さっ、31歳ですかっ!?(*゚Д゚)
そりゃ“兄さん”じゃないよ、“弟”だよ。さ、さすがにショックだわ……orz
で、でも、しぼんだ風船にシリコンを詰めたよーなおじいちゃん顔に萌えてばかりいるのもナンだし。
サーだって、昔はフサフサぴちぴちの美青年だったに違いありませんよ?
つづきを読む前に。今日もぽちっとランキング。
のび太 vs 歌のうまいジャイアン@《愛の妙薬》 [アレンの音源・映像鑑賞記]
《愛の妙薬》について語ります。(左上の予告テロップは全くアテになりません)
いや~ドニゼッティって天才じゃないかと(*゚Д゚) この演目を聴くたびに思います。
200年前のモノとは思えない、文句のつけどころの無い完璧なプロットもさることながら。
音楽そのものが笑えるからね。コレ、喜劇として重要。モーツァルトですら、音楽だけで笑いをとるところまではいってないっしょ。
私が最も笑えるのは、2幕のネモリーノの「人知れぬ涙」です。
“U~na~ furti~~va la~grima~~~♪”の後に、クラリネットだかが“チャ~ララ~~♪”と合いの手を入れるじゃないですか。
もう 演歌 そのものですよ。ここなんか。
さて、傑作オペラといえども、演じ手によって面白さの度合いは変わってきます。
やはりパヴァロッティとバトルのDVD(神の口からヨダレと固形物が飛び出すアレね)が最強に面白いので好きなんですが。
別の意味で笑える音源もございます。
コチラ↓
1976年、ROHでのライブ録音。
ネモリーノ :ホセ・カレーラス
アディーナ :林康子
ベルコーレ :トーマス・アレン
ドゥルカマーラ :ジェライント・エヴァンス
いや~ドニゼッティって天才じゃないかと(*゚Д゚) この演目を聴くたびに思います。
200年前のモノとは思えない、文句のつけどころの無い完璧なプロットもさることながら。
音楽そのものが笑えるからね。コレ、喜劇として重要。モーツァルトですら、音楽だけで笑いをとるところまではいってないっしょ。
私が最も笑えるのは、2幕のネモリーノの「人知れぬ涙」です。
“U~na~ furti~~va la~grima~~~♪”の後に、クラリネットだかが“チャ~ララ~~♪”と合いの手を入れるじゃないですか。
もう 演歌 そのものですよ。ここなんか。
さて、傑作オペラといえども、演じ手によって面白さの度合いは変わってきます。
やはりパヴァロッティとバトルのDVD(神の口からヨダレと固形物が飛び出すアレね)が最強に面白いので好きなんですが。
別の意味で笑える音源もございます。
コチラ↓
1976年、ROHでのライブ録音。ネモリーノ :ホセ・カレーラス
アディーナ :林康子
ベルコーレ :トーマス・アレン
ドゥルカマーラ :ジェライント・エヴァンス
ウォルトン『ベルシャザールの饗宴』 with トーマス・アレン [アレンの音源・映像鑑賞記]

いわゆる“クラシック音楽”の終焉は、どの作曲家のどの作品を聴けば追体験できるのでしょうか。
音階の定義から始まった西洋音楽が調性の可能性を追求し、次にはみずからが築いた制約からの解放を望み、「無調」なる概念に行き着いて、ほどなくバラバラに解体される。大変おおざっぱですが、西洋音楽史の流れについて、そんなふうに理解しています。
解体――つまり、音楽として認識されるに足る最低限の統一性すら保てなくなったんだと思うのですが、このあたりに該当する作品を知らないので、想像でモノを言っています。
二十世紀のちょっと前衛的な作品に興味を持っているのは、クラシック音楽の“末期”について自分なりの理解の落としドコロを明確にしたいという気持ちがあるからです。
ウォルトンの『ベルシャザールの饗宴』はまったく未聴だったため、そういう前衛的な要素を含んだ管弦楽曲を想像しながら聴きました。例によって、予備知識ゼロの「一発勝負」。まぁ直接の動機は、アレンの録音を見つけたってコトなんですけどネ。
予想に反して『ベルシャザールの饗宴』は、厳密な意味でのクラシックが終わった後に登場した、“ネオ・クラシック”とでも呼ぶべき音楽であるように感じました。いわゆる“クラシック”とは別ジャンルにしておきたいというか。
演奏形態や作曲技法からすれば、むろん“クラシック”にカテゴライズされるのでしょうけれども。映画音楽と同じような、いわば「サブカルチャー化されたクラシック音楽」に思えます。
と言いますのは、クラシックがまだ発展途上にあった作曲家にみられるような、その作曲家特有の“文法”とでも呼ぶべきフレーズ、和声、リズムが感じとれませんので。楽曲は大変洗練されていて聴きやすいのですが、それこそが問題なのでして、つまり、我々の耳に最も「心地よく」感じさせるためのセオリーにのっとった作曲スタイルである、ということです。
セオリーとは、過去の作曲家が試みて成功した(一般聴衆に受け入れられた)作曲技法の「まとめ」ですから。いいとこ取りってヤツですね。
それが悪いってわけじゃありませんが、やはり“クラシック”なスタイルの西洋音楽は二十世紀のある時点で終わったんだなという思いを強くしました。
音楽であれ文芸であれ、サブカル的な作品が台頭するということは、母体となった芸術が行き着く所まで行ってしまってこれ以上の発展は無いということ。
芸術とは可能性の追求であり、定石を嫌い、新たな時代の精神の開拓者でなければならぬと信じています。作り手の感性と受け手の感性の追いかけっこ。その時代の精神にピタリと一致した作品は広く大衆に受け入れられますが、それだけでは芸術として何か足りない。
だからといって、わけのわからん変ちくりんなモノを作れと言うつもりはありませんが、受け手に拒否反応を起こさせる何か、作品を完全に洗練させないための“汚れ”のような部分が残っている作品はやはり好きです。自分の胸中に突如生じた「拒否反応」の中に、新たな時代の精神――可能性――を見い出すことができますので。
こんなふうに書くとまるでウォルトンがダメみたいに聞こえてしまうのですが、そういうことではないんです。実際、二十世紀後半~二十一世紀の“時代の精神”を表現し得るのは前衛などではなく、むしろサブカル的な芸術であると思いますし。ある意味、西洋音楽の集大成と呼べる作品なのかな、と。こういう作品が出てくることそのものが「偉大」というか。
『ベルシャザールの饗宴』は、オルフの『カルミナ・ブラーナ』と並んで人気の管弦楽曲だそうです。
なるほど。ド迫力な合唱はもちろんのこと、異国情緒あふれる旋律やオドロオドロしい雰囲気、躍動的なパーカッションなど、共通要素が多いですね。そして、どちらの曲にもバリトンの独唱パートがあります。
アレンはこういうの上手いです。上手いんですが、『カルミナ・ブラーナ』の感想と同じく、若干の物足りなさを感じます。なぜかしら。パフォーマンスに難は無いと思うのですけれども。その“難が無い”というのが問題なんでしょうか。








