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クラウディオ・アバド《仮面舞踏会》-- 追悼鑑賞 [オペラ録音・映像鑑賞記]

ubimabbado.jpg 2014年1月20日、指揮者のクラウディオ・アバドさんが亡くなりました。ご冥福をお祈りします。

 享年80才、胃がんだったそうです。

 ジムでエアロバイクを漕ぎながらぼんやりとツイッターを眺めていて知りました。NHKでも速報が流れたようでしたが……こんな形でニュースを知る時代になったのだなと改めて思いました。

 さて、そのツイッター上では、多くのクラシックファンが追悼の意を表してそれぞれの思い入れの深いアバド作品についてのコメントを寄せています。

 アバドと言えば、やはりマーラーとか、ムソルグスキーとか、その辺りが王道のようですが、クラシックファンではない私の手元にはそういったものは一枚もありませんでした(涙)

 引っぱり出してきたのが、81年の《仮面舞踏会》。
 ドミンゴ、ブルゾン、リッチャレッリ、オブラスツォワ、グルベローヴァ、ライモンディという超超豪華キャスト盤です。

 もう何年も聴いていないCD。しかも尊敬するドミンゴ。ついつい歌手達の妙技に意識を奪われそうになりつつ、アバドの指揮にも注耳しながら聴きました。

 以下、簡単に記します。

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ティッタ・ルッフォの全録音を粘着に聴いて感想をつけてみた/Edition Vol.2 [オペラ録音・映像鑑賞記]

ruffoedition.jpg Edition Vol.2 の感想です。収録年は1912年~1920年頃。

 1906年あたりからとんでもなく素晴らしくなったティッタ・ルッフォの歌唱は、このVol.2 の時期に最盛期を迎えたと言ってよいでしょう。35才~42才くらいですね。

 30代で最盛期というのが本当に惜しい。バリトンなら40~50代が最も輝いている年代だと思うんですけれども。

 Vol.2に収められているアリアや重唱、歌曲の数々はルッフォがファンに遺してくれた、まさに「至宝」と呼べるものだと思います。

 右上の画像は今回私が聴いたCDとは違いますが、このVol.2 の名唱がほとんど入っていてお得な選集となっております。Vol.1のヘタクソ歌唱は皆無だしお値段も(まぁまぁ)安いですし、ルッフォに興味を持ってくださった方がいらっしゃったらお勧めしたいです。(画像をクリックするとamazonへ飛びます)

 いやホント、¥4,500 なんて安い安い。ルッフォのためにEdition1~3と自伝、アンソロジーと、あれこれ手を伸ばしましたが、絶版だったりするんでけっこうなお値段になってるわけです。いつも中古屋で¥1,000以内のCDを探している身ですから、いくらファンでも手を出す前にクヨクヨ悩みましたぞ(笑)

 ああ、こっちなら、1曲ずつmp3で買えますわww
 と、一人でもファンを増やしたいがために宣伝活動にいそしむ私。アフィリエイトとかやってないんで、私の懐には1銭も入りませんぞ(笑)

 新しモノ好きなルッフォおじさんも、100年後にこんなふうに自分の録音が売られていると知ったら、さぞかし驚かれることでしょうね。

 閑話休題。
 Vol.2はイタリアやフランスのメジャーなオペラや歌曲が中心。《アフリカの女》や《クリストフォロ・コロンボ》など今では珍しいものもありますけど、ルッフォの自伝にはちょくちょく出てきたタイトルなので、これらも当時はメジャーだったんでしょう。

 いきなり『ハムレット』の朗読(歌じゃない!)が聞こえてきてビビったりもしましたが、感動しつつ楽しみつつツッコミつつ聴きました。エンリコ・カルーソーとの《オテロ》二重唱も入っております。

 ⇒⇒ティッタ・ルッフォEdition1 の感想はこちら
 ⇒⇒ルッフォについての過去記事はこちら

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ティッタ・ルッフォの全録音を粘着に聴いて感想をつけてみた/Edition Vol.1 [オペラ録音・映像鑑賞記]

ruffoedition1.JPG 今年の8月にティッタ・ルッフォの(おそらく)全録音(*1)を収録したと思われるCD全3巻を入手しまして、通勤の行き返りに粘着に聴きました。

 1巻毎にそれぞれCDが2枚あり、Edition Vol.1(52曲)、Vol.2(47曲)、Vol.3(43曲)、計142曲。ルッフォが録音に前向きだったとは聞いていましたが、こんなにあるとは思いませんでした。

 至福の極みです。

 特にVol.1 は、1905年のパテ兄弟社での録音が入っており、ルッフォの初期の歌唱がどんなだったかを知る上でも大変貴重。なにしろ28才という若い時代の歌唱。
 さぞ素敵だったんでしょうねぇ…・:*:・(*´エ`*)ウットリ・:*:・と、ワクワクしながら聴いてみたところ、

 びっくりするほど下手くそだった!

……という事実も判明www
(いるかどうかわからないけどファンの皆さんごめんなさい)

 とにかく大声でやかましくて、情感もへったくれもなく、おまけにオンチで、聞くに耐えずにすっ飛ばしたくなる曲もいくつか……orz

 後年の録音のあの素晴らしさは何なんでしょう。この時の録音から10年くらいの間に技術と芸術性が飛躍的に向上したに違いなく、芋虫ルッフォを蝶に変身させた要因はいったい何だったのかと、自伝を読み返してあれこれ妄想を膨らませるのもこれまた楽しく。

 Twitterでこれまた粘着に感想をつぶやきましたので、今年中にこちらに転記しておこうと思います。
 続けて聴いているうちにだんだん頭がおかしくなってきて、コメント(声)が裏返っている部分はご容赦をww

 ちなみに、ルッフォの録音の多くは「アコースティック録音(ラッパ録音)」と呼ばれる方法で録ったもの。マイクではなく、メガホンの大きいほうの開口部に向かってがなりたてた歌ったんですね。
 二重唱などでどちらか一方の歌手の声が遠く聴こえるのはポジション争いに負けたためと思われますww

 ⇒⇒ティッタ・ルッフォEdition 2 へ
 ⇒⇒ルッフォについての過去記事はこちらから

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夢とロマンの「主よ!あなたは私の頭上に」/19人のオテロ [オペラ録音・映像鑑賞記]

zanelli.jpg19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》、名場面集

 かなりご無沙汰してしまいました。9月にまだ1回も更新していない事実に気づき、急きょ(笑)

 「主よ! あなたは私の頭上に」は、《オテロ》3幕前半のモノローグ。私が最も好きな部分です。

 自分がかつて贈ったハンカチを「カッシオが持っていた」とイァーゴが言い、実際デズデーモナはハンカチを失くしてしまっていた。まだ不義は確定的ではないのですが、オテロは百パーセント信じたも同然。ついに愛する妻デズデーモナを「娼婦め!」と罵倒して追い払い、ひとり取り残された広間で絶望的な心情を切々と神に訴える。

 「オテロ、アホだなぁ~」と言うのはたやすいことですが、このモノローグは私にとってとても身につまされる部分です。私は女性ですが、デズデーモナよりもオテロの心情に共感してしまいます。

 人生において“最も恐れている事態”が本当に起こってしまったら……。それに脅えるあまり、自ら妄想の中で悲劇を起こして、やがて現実に成就させてしまう。

 人間にとって「真実」とは客観的な事象ではなく、「心の中で起こっていること」。実際の世界と齟齬が無いように見えるのなら、それは心の中と現実世界とのギャップを自分自身の行動によって埋めた結果なのだと思うのです。

 どんな人にも、そうやって自ら悲劇を生み出してしまった、その激しい痛みと後悔の経験はあるのではないでしょうか。少なくとも私にはあるし、その苦い思い出がオテロの悲痛なモノローグによって断片的に蘇ってきます。
 素晴らしいオテロ歌い達も、おそらくそういう経験を元に、このモノローグに思いを込めているのだと思います。

 今回は愛しのタマちゃん(フランチェスコ・タマーニョ)の録音は無いのですが、代わりにレナート・ザネッリ(画像右上)による迫心の朗唱があります。

 前の「清らかな…」での豊かな感情表現を聴いたときから「お? お?」と、磁石に吸い寄せられるかのように興味が向いていたのですが、この回から「もしかして、凄い人なのかも……」と正座をして聴くようになったのです。

 そのうちザネッリについても経歴等をまとめようと思いますが、まずは彼の素敵なオテロを聴きましょうね。

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ニーベルングの指輪〈序夜〉《ラインの黄金》@METライブビューイング 2012/08/15 [オペラ録音・映像鑑賞記]

 METライブビューイング、ニーベルングの指輪〈序夜〉《ラインの黄金》アンコール上映を観てきました。

 アンチ・ワーグナーではありますが、以前に《ジークフリート》と《神々~》を新国で観て、わりと素直に楽しめたので、“リング”には好感を持っております。順番を間違って観ているので、当時はストーリーにイマイチついていけなかった部分も、今回第一作目の《ラインの黄金》を見て「なるほど」と納得することができました。

 本当なら一気に《ワルキューレ》まで観ておきたかったのですが、スケジュールが合わずに断念。

 暑い中、無理してでも観にいってよかったなぁと思うのは、ロベール・ルパージュによるスペクタクルな演出を大画面で堪能できたことです。

 ラインの乙女たちの泡を映す水面(画像↑)も、ローゲとヴォータンが歩を進める神秘的な地下の階段(画像↓)も、舞台に据え付けられた巨大な短冊状パネルを組み合わせて操作し、そこに映像や光を当てることで表現しているのです。宙吊りにされた歌手達はちょっと大変そうですが……壮大な音楽によく合っているし、視覚的にも大いに楽しめました。

 オペラにここまでの“ケレン”が必要なのかと考える方もいるかもしれませんが、バロック時代のオペラの演出など、当時の最先端の技術を駆使し、とんでもなくド派手な仕掛けで観客を喜ばせていたといいますから、オペラの娯楽としての方向性はこれで正統なんじゃないかと思います。

 フル・オーケストラで大仰な音楽を奏で、大柄な歌手たちが大声で歌いまくる舞台芸術なんですから、見た目もカッコつけずに派手にやるがよろし。今年3月の新国《さまよえるオランダ人》でデッカい船の舳先が登場した時なんかも、そう思いましたものね。

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夢とロマンの「清らかな思い出は遠い彼方に」/19人のオテロ [オペラ録音・映像鑑賞記]

francescotamagnoasotello.jpg 19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》、名場面集

 初代オテロのタマちゃんことフランチェスコ・タマーニョは老力士ながらけっこう頑張っているのでして、このCDでは登場の第一声「喜べ!」と、この「清らかな思い出は…」、そして「オテロの死」、それぞれの取組に参戦しているのです。

 惜しむらくは2幕の二重唱、「大理石のような大空にかけて誓う」の録音が無いこと……と思っていたら、ありました! 1903年のもので、なんと2007年にリリースされるまで存在を知られていなかったのだそうです。

104年後に日の目を見た録音。《オテロ》初演から数えると120年になりますね。これを「夢とロマン」と呼ばずして何と呼ぼう?

 イァーゴを歌うのは、兄弟のジョヴァンニ・タマーニョではないかと言われています。あんまり上手くないけどね…。

 右上の、オテロに扮したタマちゃんの画像をクリックすると、YouTubeの該当音源に飛びますので、ぜひぜひ聴いてみてください。

後悔唖然としますぜ(笑)

 で、かなり話が逸れましたが、今回取り上げるのは、2幕中盤のオテロの独白、「清らかな思い出は遠い彼方に」。イァーゴの毒が効きはじめ、デズデーモナに対する疑惑がじわじわと膨らんでくるシーンです。デズデーモナを信じたいが、既に疑念のほうが圧倒的な真実としてオテロの心に侵食してくる。
 勇壮な行進曲風の伴奏が付きますが、オテロ歌いの皆さんには大声だけではなく、内面の苦しみもうまく表現してほしいものです。

 そして私イチオシのレナート・ザネッリがぐっとアピールしてきたのもまさにここから。YouTubeにも上がっていますので、ぜひぜひ聴いてみてください。(こちらは普通に良い!です)

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夢とロマンの「喜べ!」「既に夜も更けた」/19人のオテロ [オペラ録音・映像鑑賞記]

verdietamagno.jpg 19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》、名場面集より。1枚目CD“オテロの巻”に移ります。

 第一弾は、登場の第一声「喜べ!」と、デズデーモナとのラブ・デュエット「既に夜も更けた」から。

 イァーゴの時は「声がデカいか小さいか」に加えて「どんな役づくりをしているのか」あたりに着目(耳)して聴きましたが、オテロはもっとカンタンです。

「アタマが良いか悪いか」

 アタマの良さそうなオテロの代表格は、プラシド・ドミンゴとか。こないだハマったラモン・ビナイとか。細やかな感情表現に長けていて、わりと簡単に騙されてしまうオテロの単純さも「無理もないことだったんだ!」と聴き手を説得するだけの力がある。

 対して、アタマの悪そうな代表格は、えっと、マリオ・デル・モナコとか? とにかく大声で、脳みそまで声帯でできている系。基本的に大根で(本人は演技しているつもりだから尚更イタい)、盛大に騒げば騒ぐほど「プ…」と聴き手の笑いを誘う。

 で、私は基本、アタマ悪い系のオテロが好きです。大声最重視のオペラ愛好家ですし、“黄金のトランペット”のデル・モナコは、オテロを歌うために生まれてきたテノールだと思うわけです。

 そして今回の聴き比べで最も楽しみにしていたのが、フランチェスコ・タマーニョ。右上の写真で、ヴェルディ大先生と嬉しそうに腕を組んでいるのがヤツでござんす。

 彼こそは1987年の初演時にオテロを歌った元祖であり、スカラ座の外まで声が響いたという伝説の大声歌手。
 ええ当然アタマ悪い系です。大声ですもん。
 その演技力の無さ、表現の乏しさにはさすがのヴェルディもびっくりで、付っきりで歌唱指導をしたとか。

 いろいろな逸話を知るにつけ、そして↑のお茶目なお写真を見るにつけ、タマーニョがカワイくてカワイくてたまらなくなってきました。そんな彼のオテロ名場面を、リストア済サウンドで聴けるのですから、私のテンションが上がらない筈ありません。

 更に、予想外のオマケとして、アタマ良い系なオテロ歌い、レナート・ザネッリ様との出会いもありました。「様」を付けたということは、惚れたのです、はい。

「テノールに惚れるなんて…!!」と、アタフタしてしまいましたが、実はザネッリ、バリトンからの転向組なの。「我ながら、ブレないわ~」と感心することひとしきりです(笑)

 タマーニョ以降、この手のタイプでは20世紀初頭の最高のオテロ歌いではなかろうかと、個人的には思っています。

 この「喜べ!」の感想を呟いていた時点では、まだ彼の魅力に気付いていなかったのですが、この後急速に感想のテンションが上がっていきます。今後はぜひ、このザネッリに注目していただきたい。

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夢とロマンの大相撲…じゃなくて「大理石のような大空にかけて誓う」/14人のイァーゴ [オペラ録音・映像鑑賞記]

maureltamagno.jpg 19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》名場面集より。

「復讐の二重唱/大理石のような大空にかけて誓う」

 妻デズデーモナの浮気をほのめかされたオテロが、ついにブチ切れて復讐を誓い、内心ほくそ笑んでいるイァーゴが忠節を装って同調する、大迫力の二重唱です。

 なまめかしくも静かなイァーゴの語りから、突如ドッカーン!と爆発する金管とオテロの叫び。オテロ歌いのテノールの強靭な歌唱の聴かせドコロでありますが、イァーゴのパートにも注目(耳)したい。

 実は重唱になる前はバリトンが主旋律を歌うのでして、その後もストレートで単調なオテロの旋律に、派手に上下するイァーゴの旋律が蛇のようにまとわりついて、両者の関係を実に見事に描写しています。

 で、あるからして。
 ここはテノールとバリトンが死力を尽くして声の大相撲をとってくれなきゃいけないのっ(`・ω・´)シャキーン

 バリトンが聴こえなきゃ意味ないでしょ。
 で、バリトンに煽られたテノールは、ここでかき消されたらテノールの名折れとばかりに、更に大声を出してくれなきゃいけないのっ。でなきゃオモシロくないでしょ。

 ここはいっちょう伝説のオテロ力士、フランチェスコ・タマーニョ(画像右)とヴィクトール・モレル(画像左)…といきたいところだけど、残念ながら録音という“場所”では元祖たちの顔合わせはナシ。
 ひと世代後の東西の名横綱、エンリコ・カルーソーティッタ・ルッフォの取組に期待。

 仕切り直しで気合を入れるのテノールの掛け声、
「さんぐぇヽ(`Д´)ノ!!  さんぐぇヽ(`Д´)ノ!! さんぐぇヽ(`Д´)ノ!!」
にも注目(耳)しましょう。

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夢とロマンの「ある夜のこと」/14人のイァーゴ [オペラ録音・映像鑑賞記]

othelloiago.jpg 19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》名場面集より。14人のイァーゴ聴き比べ。

“ある夜のことです。宿舎でカッシオと眠っていた折、私は聞いてしまったのです。
 彼の唇がゆっくりと動いて、デズデーモナへの禁断の愛を囁くのを…!”


 オテロの妻デズデーモナと腹心カッシオの不義を吹き込むイァーゴの語り。
 淫らな夢を見るカッシオ(もちろん全くの作り話)を真似て、甘美で官能的な言葉を囁き、オテロの嫉妬心を煽ります。

「酒の歌」では豪快に、「クレド」では悪魔的な歌唱を繰り広げるこの役に与えられた、唯一のお色気っぽい歌唱が聴けるシーン…ということで、妙なハイテンションで聴いてしまう私(笑) イヴをそそのかす蛇のような狡猾なアプローチでも構わないのですが、ここを官能的に歌うからこそ、証拠もないのにオテロの猜疑心が一気に沸点に達するのでは?と思っております。

 バリトンのセクシー歌唱を聴きたいだけという、「趣味」の問題かもしれませんが(笑) 我らがアンティーク・バリトンの先生方のお色気度は如何に。

 尚、この回には、1887年の《オテロ》初演時にイァーゴを歌ったヴィクトール・モレルが参戦します。

 ※右上は1995年の映画『オセロー』の1シーン。ローレンス・フィッシュバーンのオセローと、ケネス・ブラナーのイァーゴ。


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夢とロマンの「クレド」/14人のイァーゴ [オペラ録音・映像鑑賞記]

gobija.jpg 19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》、名場面集より。14人のイァーゴ聴き比べ。

 第2弾は「クレド(無慈悲な神の命ずるままに/悪の信条)」です。

 シェイクスピアの原作には無い、ヴェルディの《オテロ》独自のシーン。
「俺は残忍な神の申し子であり、悪そのものなのだ」と、イァーゴの本性があからさまに語られます。

 この独白により、イァーゴがオテロを陥れるのは「自分を引き立ててくれなかったことへの恨み」ではなく(それは表向きの理由)、そもそもが悪魔的な人間だからだということになるのですが、それを言葉どおりに受け取るか、裏に隠された意味を読み取るかで、この卑劣なキャラクターの演じ方が変わってきます。

 その昔はストレートに悪を肯定する表現が主流だったのではないかと思われます。イァーゴ名人ティト・ゴッビ(右上)はおそらくその最高峰。とんでもなく憎々しい「悪人イァーゴ」を見事に演じ、歌っています。一方、最近ではこの独白の言外に滲み出るイァーゴの自嘲を嗅ぎ付け、より複雑な性格表現を試みる歌唱も増えてきたのではないでしょうか。

「酒の歌」のコメント欄にてkeyakiさんが仰っていた、“ラストの高笑い” をどう処理するかも、それぞれの歌手の個性が見えて楽しめます。

 尚、「クレド」から我が家の最強ポケモンであるところのティッタ・ルッフォも参戦します。大声では負ける気がしません。大声では。

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