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『薔薇の名前』のミニッツライナー [その他の話題]

nameoftherose1.jpg ショーン・コネリー主演、ジャン=ジャック・アノー監督による映画『薔薇の名前』(1986年)のミニッツライナーをやりました。

 ミニッツライナーとは、ケロヨンさん@oyasumi210z がなさっている映画の構造分析の方法で、映画の本編を1分ごとに止めて「だれが」「なにをした」かだけを1行ずつ書いていくというものです。(ご興味のある方はぜひケロヨンさんのブログをご覧になってください。⇒こちら

 120分の映画でしたら本編を120回ストップさせて内容を書き留めねばならないので大変ですが、これをやれば「今後一生その映画を観なくてもいいくらい理解が深まる」とのこと。興味があったのでやってみました。

 まずは1分毎の出来事をリストアップ。その後で、シーンを細かく区切ることによってより顕著に見えてきたテーマについて、思いつくままに書き連ねました。三幕構成の分け方やログラインのまとめ方は田中靖彦さんの『ハリウッドストーリーテリング』を参考にしています。

 ちなみに『薔薇の名前』を選んだのは、好きな作品だし、たまたま手元にソフトがあったからです(『エンゼルハート』も候補だった)。大昔に原作にも手を出しましたが3分の1ほど読んで挫折しました。なので、小難しい蘊蓄は一切なし。映画から読み取れることだけでまとめました。

 ブログテーマとは全く関係のない内容で恐縮ですが、他に長文を公開できる場所が無かったもので、この場を借りることにしました。
 頻繁にブログを管理できないので、コメント欄は閉じています。ご了承ください。

 では興味のある方だけ、続きをどうぞ↓↓↓

 ※ネタバレあります。かなり昔の映画ですが、念のため。

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『薔薇の名前』ミニッツライナー(130分)

 【ACT1/状況設定】

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1:アドソ(老人)の語り。タイトル。
2:ウィリアムと弟子のアドソ(若者)、ロバに乗って修道院へ到着。
3:ウィリアムとアドソ、修道院の敷地へ入る。
4:長老ホルヘが“事件”を異端審問官に委ねるようアッボーネ修道院長へ進言。
5:ウィリアム、新しい墓の存在に気付く。
6:ウィリアム、アッボーネ修道院長と挨拶を交わす。
7:アッボーネは、昨夜アデルモ修道士が不審死したことを明かす。
8:アッボーネ「修道士たちが事件を悪魔の仕業だと怯えている」。(プレミス/テーマの提示
9:修道院長はウィリアムに事件の究明を依頼する。
10:アドソ、豚の屠殺を見る。
11:ウィリアムとアドソは聖人とも異端とも呼ばれるウベルティーノに会う。
12:ウベルティーノはウィリアムの過去をほのめかし、昨夜の事件を語る。
13:ウベルティーノはアドソに女性の邪悪さと神の恩寵を説く。
14:ウィリアムはアドソに、根拠のない悪魔の噂に惑わされずに頭を使えと教える。
15:ウィリアムはアデルモの転落した場所を推定。アドソは残飯を漁る村娘を見る。
16:ウィリアムはアデルモが投身自殺をしたと推理。

17:修道院長の食前の祈り、「我らの中に邪悪な霊が存在しませんように」
18:食事中、副司書のベレンガーリオと翻訳士のヴェナンツィオが目配せを交わす。
19:アドソはウィリアムに過去を訊ねるが、ウィリアムは答えない。
20:暗闇で本を読むヴェナンツィオ。自らを鞭打つベレンガーリオ。
21:一人の修道士がゴミ捨て場を開け閉めし、闇の中をうろつく。夜明け。
22:聖歌を朗唱中、厨房係のレミージオは居眠り。「また人が殺された」との叫び。
23:屠殺場の血の甕に突っ込まれたヴェナンティオの遺体。ウィリアムは今回は他殺と推理。
24:ウベルティーノが黙示録を暗唱、修道士たちは怯える。
25:ウィリアムは薬草係のセヴェリーノと検死をする。
26:ヴェナンツィオの指先が黒ずんでいる。
27:修道士サルヴァトーレがアドソを脅し、レミージオが止める。
28:ウィリアムはサルヴァトーレとレミージオがかつて異端者だったと見抜く。
29:ウィリアムはアドソに「信仰と狂信は紙一重だ」と教える。
30:ウィリアムとアドソは雪に残った犯人の特徴的な足跡を見つける。
31:足跡をたどり、犯行現場と思われる図書館に入る。(プロットポイント1

 【ACT2/葛藤(前半)】

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32:ウィリアムはアデルモの机を調べる。
33:ベレンガーリオが鼠に驚き、修道士たちが笑うが、長老ホルヘに叱責される。
34:ウィリアムはホルヘと「笑いの是否」について論争する。
35:ウィリアムは笑いを肯定したアリストテレスの著書を挙げ、ホルヘは著書の存在を否定。
36:ウィリアムとアドソは、図書館の塔の中が巨大な書庫になっていると推測。
37:ウィリアムはサルヴァトーレとレミージオに情報を求める。
38:ウィリアムとアドソ、レミージオの手引きで図書室に忍び込む。
39:レミージオは厨房に村娘を忍び込ませる。
40:図書室で本を読んでいたベレンガーリオは二人の姿を見て隠れる。
41:二人はヴェナンツィオの机で暗号の書かれたメモを見つける。
42:ベレンガーリオは隙をついて本を奪い、ウィリアムとアドソは後を追う。
43:アドソは厨房に入るが、レミージオが来たので隠れる。
44:アドソは側に村娘が隠れていることに気付く。
45:ベレンガーリオが苦しみながら薬草室に入ってくる。
46:村娘は若いアドソに興味を持ち、押し倒す。
47:アドソの服を脱がせ、上に乗る。
48:ウィリアムはベレンガーリオを探して墓場へ。
49:アドソが村娘の上に乗って合体。

50:ウィリアムは墓場に行き、サルヴァトーレを見つける。
51:サルヴァトーレは、アデルモが死ぬ前にヴェナンツィオにメモを渡したのを見たと言う。
52:アドソは娘の忘れていった包みを開き、巨大な心臓に驚いてウィリアムを呼ぶ。
53:ウィリアムは、修道士が食べ物をエサに村娘を引き入れたのだろうと推理。
54:ウィリアムはアドソに、肉欲と愛を混同しないようたしなめる。
55:ウィリアムは「女性は邪悪な存在である」と教義を説く。
56:ウィリアムはまた、女性についての個人的な見解も述べる。
57:翌朝、二人はベレンガーリオを探すが、部屋にも図書室にもいない。
58:どさくさに紛れて書庫に入ろうとするが、司書のマラキーアに止められる。
59:フランシスコ会の修道士たちが修道院に到着。
60:ウィリアムはもう少しで事件は解決すると言う。
61:浴槽の中でベレンガーリオの遺体を発見。
62:検死をすると、人差し指と舌の先が黒ずんでいる。
63:ウィリアムは修道院長に事件の真相を伝える。
64:アデルモが禁書の閲覧を要望し、ベレンガーリオは肉体関係を要求した。
65:後悔したアデルモはメモをベナンツィオに渡して自殺、ベナンツィオは禁書を読んで死亡。
66:ベレンガーリオも禁書を読んで死亡。「本に人が殺されている」(ミッドポイント
67:異端審問官ベルナール・ギーが到着し、ウィリアムは事件から手を引くように言われる。

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 【ACT2/葛藤(後半)】

68:ウィリアムは自分の推理が正しいと言い張り、フランシスコ会士にたしなめられる。
69:アドソは娘の貧しい生活を垣間見、教会が富を搾取している現実を知る。
70:礼拝中、司書のマラキーアが壁の奥から現れる。
71:ウベルティーノは異端審問官から逃れるために修道院を去る。
72:ウィリアムとアドソは、マラキーアが現れた壁を調べ、書庫への秘密の入り口を見つける。
73:地下の納骨堂を通り、鼠の後を追う。
74:図書館の書庫に着く。
75:様々な書物が山と積まれている光景に、ウィリアムが子どものようにはしゃぐ。
76:書庫は迷宮になっており、アドソはウィリアムとはぐれる。
77:誰かがアドソの頭上を歩いているが、それはウィリアムではないようだ。
78:アドソは下着の毛糸を解いて目印にする。
79:アドソはウィリアムに指示され、本を読みながら歩く。
80:師弟は隠し扉の前で再会。
81:異端審問官ベルナール・ギーが修道院に迎え入れられる。
82:ウィリアムは隠し扉を開けようとするが失敗する。
83:二人はいったん書庫を出る。

84:サルヴァトーレが納屋に村娘を連れ込み、悪魔の儀式を行う。
85:サルヴァトーレは蝋燭を倒して火事を起こす。
86:ギーは悪魔の儀式の証拠を押さえ、一連の事件はこの儀式のせいだと言う。
87:娘とサルヴァトーレは事件の犯人として捕らえられ、ウィリアムは異を唱えない。
88:アドソは真実を離さなかったウィリアムを責める。
89:ウィリアムは、かつてギーの判決に異を唱え、異端者として拷問された過去を語る。
90:サルヴァトーレがギーから拷問を受ける。
91:翌朝、教皇の特使たちが修道院へ到着。
92:「キリストの衣服は財産か否か」フランシスコ会と教皇側の論争開始。
93:セヴェリーノがウィリアムに「禁書」を見つけたと知らせる。
94:薬草室に戻ったセヴェリーノは撲殺され、本を奪われる。
95:マラキーアがレミージオに、異端の過去が露見したから逃げるよう促す。
96:レミージオは捕まる。
97:ギーは、レミージオがセヴェリーノを殺したと断定。(プロットポイント2

 【ACT3/解決】

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98:アドソは、無実の人間を助けるよりも暗号解読に没頭しているウィリアムを責める。
99:異端裁判にて、ベルナールは補佐として修道院長とウィリアムを指名。
100:サルヴァトーレはギーに促されるまま、自分が異端であることを告白する。
101:レミージオは異端であることを認め、修道院と教会を批判する。
102:アドソは聖母マリア像に娘を救ってくれるよう祈る。
103:3人の被告は有罪となり、修道院長はギーの判決に同意する。
104:ウィリアムは異を唱え、事件のカギは書庫に秘蔵されている禁書であると言う。
105:拷問を恐れたレミージオは、悪魔に唆されてセヴェリーノを殺したと自白する。
106:ウィリアムは、レミージオを処刑しても連続殺人は終わらないと言う。
107:フランシスコ会と教皇の特使は修道院を去り、火刑の準備が進められる。
108:ウィリアムの予言通り、マラキーアが悶えて死ぬ。
109:ベルナールは、ウィリアムこそが連続殺人の犯人だと言う。
110:騒ぎに乗じて、ウィリアムとアドソは書庫に入り、隠し扉を開く。
111:隠し扉の奥の部屋には、長老ホルヘが座している。
112:ホルヘは「存在しない」と言ったアリストテレスの本をウィリアムに差し出す。
113:ホルヘはウィリアムに本を読むよう促す。
114:本に毒が塗ってあることをウィリアムが見破ると、ホルヘは本を奪って塔の奥へ逃走。

115:火刑台のレミージオは改悛を拒み、ギーに「悪魔はお前だ」。
116:ホルヘは逃走しながら、本を隠ぺいした理由を語る。
117:ホルヘは毒の塗られた本を食い、書庫に火をかける。
118:サルヴァトーレに火がかけられると同時に、書庫全体にも火が燃え広がる。
119:修道士たちは燃え上がる書庫に駆け付ける。
120:ホルヘは炎の中に倒れ、アドソは塔から脱出。
121:アドソは、逃げようとするギーの馬車を追う。
122:ギーの馬車は村人たちに襲撃され、ギーは拷問器具の上に落下して死亡。
123:燃え盛る塔からウィリアムが脱出。
124:一本だけ残った火刑台の杭を眺めながら、ウィリアムとアドソは修道院を去る。
125:火刑を免れた村娘が道端に立ち、アドソと見つめあう。
126:アドソは娘を残してウィリアムと去っていく。
127:老アドソの独白「あの娘の名を知ることは永遠にないだろう」。
128:エンドロール
129:エンドロール
130:エンドロール
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 ログライン(ストーリーの1文まとめ):
 元異端審問官の修道士ウィリアムが修道院で起きた不気味な連続殺人の捜査を依頼され、一連の事件が悪魔の所業でも神の裁きでもなく、狂信的な修道士の歪んだ信仰によって引き起こされたことを暴く話。


 15分毎のまとめ

16分:事件の解明を依頼される
31分:新たに殺人事件が起きる
49分:殺人事件の捜査
67分:捜査から手を引けと言われる
83分:禁書を求めて、書庫へ潜入
97分:更なる殺人と、冤罪
114分:真犯人判明
127分:解決

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 悪魔の仕業か、神の裁きか。テーマは「聖」と「邪」

 8等分してまとめてみると、単純な謎解きモノです。「犯人は誰か?」というお話です。複雑なトリックなど皆無ですし、黒幕を除けば、何がどうしてどうなったのかという事件のあらましは映画の中盤までにあっさり解明されます。

 それなのに小難しい印象を受けるのは、この時代独特の考え方から、ほぼ全ての登場人物が「事件は悪魔の仕業か、神の裁きか」という二択で事件を見ているからです。現代人のように「修道士の誰が犯人なのか?」と考えているのはウィリアムただ一人。

 神か、悪魔か。聖か邪か。何が信仰的に正しくて、何を異端とするのか。

 ウィリアムの犯人捜しはこういう信仰上の葛藤に直結しています。ほぼ全てのシーンにおいて聖と邪の対比、対立、矛盾、議論が仕込まれており、しかも安易に「どちらが正しい」と結論づけることもできません。

 現代人に最も近い視点を持つ、リベラルなウィリアムですら、信仰上の矛盾を抱えた人物です。ACT1の8分あたりで、アッボーネ修道院長がウィリアムに「きみは人間の心と悪魔の策略に精通している」と言って事件の解決を依頼します。このセリフが映画全体を通してのテーマであり、同時にウィリアムのキャラクター設定を一言で言い表しています。後に異端審問官ベルナール・ギーの登場の際(ACT2、67分)にも「悪魔の手口に最も精通した人物」と評されます。つまり、この言葉はウィリアムもかつて異端審問官であったことを示唆しています。神に代わって人を断定する権限を持つ異端審問官は、作品中最大の「悪役」であり、中世の暗黒面を具現化した人物です。

 ウィリアムの古い友人であるウベルティーノ修道士(10分)も矛盾を抱えたキャラクターです。苛烈な信仰故に「聖人とも異端者とも呼ばれる」とのこと。このしなびた爺さんは、どうやら心の奥に同性愛的な欲望を抑圧しているらしい。死んだアデルモについて「悪魔が少女のような目をした美青年を窓から突き落とした」と語り、美少年であるアドソの髪を官能的な手つきで撫でたりします。

 そしてウベルティーノは、聖母マリアについても「聖と邪」の矛盾を語ります。「女性は生まれながらに邪悪だが、神の恩寵により聖なる者とされる」と。後にアドソは、この矛盾に大いに悩まされることになります。

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 ウィリアムはアドソに「悪魔の噂に惑わされずに頭を働かせよ」と諭しますが、己の頭で考えるのも当時のキリスト教では罪です。人間の考えよりも神の言葉のほうが大事だからです。

 このように、全てのシーンにおいて神聖なるものと邪悪なるものの対比が示されます。
 15~16分、ウィリアムはアデルモが投身自殺をしたと推理します。キリスト教徒にとって自殺は大きな罪で、天国には入れません。アドソは「ここは修道院なのに神に見捨てられた場所なのですか」と尋ね、ウィリアムは「地上に安らぎの場所などない」と答えます。

 17分。アッボーネの祈りの言葉も示唆的です。「我らの中に邪悪な霊(悪魔)が存在しませんように」と祈るのですが、神の家であるこの修道院で恐ろしい連続殺人が起こるのですから……。

 23分、スケキヨ・ポーズのヴェナンツィオの遺体が発見されます。この検死のシーンがまた面白い。薬草係のセヴェリーノは「修道士には無用」と言いつつ精力剤の研究をしているのです。

 堕落している教会、修道院を批判する存在として、異端者のレミージオとサルヴァトーレがいます。異端とは、当時「正統」とされた教義から逸脱、または対立する教えを信じる者たちのこと。二人が属していたドルチーノ派は、聖書の清貧の教えを重んじるあまり贅沢の限りを尽くす教会や聖職者を襲ったりしていたようです。

 中世では異端審問にかけられると拷問で自白を強要され、死刑に処せられることもありました。そのため、過去を隠してこの修道院に身を潜めているのですが、今ではたらふく飯を食い、村娘の身体をもてあそんだりして、かつての苛烈な信仰心はすっかり失っている様子。サルヴァトーレは自分たちを異端と見破ったウィリアムを殺そうとしたりします。ウィリアムは彼らの秘密を守る代わりに修道院内の情報をもらったりして、うまく利用します。

 作中で何度か「女性の邪悪さ」が語られますが、この時代の女性の立場がいかに低かったか。この映画を初めて観た時は子どもでしたが、衝撃的でした。はからずも村娘と肉体関係を持ってしまったアドソに、ウィリアムは「肉欲と愛を混同するな」と諭しますが、それはまぁ理解できる。が、キリスト教の教義では「女性は生まれながらにして邪悪で、男を惑わす悪魔だ」というわけです。悪魔がどんなに忌み嫌われた存在か、作中で繰り返し語られているわけですから、女性視聴者としてこれは凹む。

 が、さすがはウィリアムなのでして、彼自身の見解では、「神が女性を創られたからには、女性にも何らかの美徳があるはずだ」と言うのです。個人的に、これは名台詞だと思っています。この時代の、老いたフランシスコ会の修道士が口にする、限界ギリギリのリベラルな発言でしょう。

 しかし、ウィリアムのこのリベラルさは、ウベルティーノに言わせれば不信仰の極みなのです。71分、修道院を去る際、ウベルティーノはウィリアムが己の知性を過信するあまり神を蔑ろにしていると言います。ウィリアムはウィリアムで、ウベルティーノの狂信を揶揄します。

 ウベルティーノとウィリアムの間の葛藤は、後半の一大イベント、フランシスコ会と教皇派との間の論争に引き継がれます。「キリストの衣服は、彼の財産か否か」。聖職者とは要するにキリストの生き方に倣う者です。キリストが財産を持ったか否かによって、贅沢の限りを尽くす教皇派と清貧を実践するフランシスコ会のどちらが正しいのか決めるというわけです。なんとまぁ馬鹿馬鹿しいこと。教会がいかに信仰の本質とかけ離れてしまっているかを端的に描いた名シーンです。

 そうこうしているうちに、薬草係のセヴェリーノが殺され(94分)、異端審問官のベルナール・ギーは村娘とサルヴァトーレ、レミージオを連続殺人の犯人と決めつけます。ウィリアムの捜査と違い、ギーの裁判は「神の代弁者」である地位を振りかざし、思い込みや私情で判決を下す酷いものです。異端審問官に異を唱えればその者も異端とされてしまう為、誰も逆らうことができません。堕落した教会の権化と呼ぶべきキャラクターです。

 ギーの巧みな追及により、やってもいない殺人罪と悪魔崇拝の罪を着せられたレミージオは、死に際に「悪魔はお前だ、ベルナール・ギー!」と叫びます。映画の開始からずっと議論され続けてきた命題に対する、これが結論の一つです。
 神聖な務めを果たしているはずの聖職者が、悪魔の所業を行っている。神聖さと邪悪さが逆転した世界を描いているのが『薔薇の名前』という作品なのです。

 例えば、自殺したアデルモは、ロバが司教に説教をするという、人間と動物の地位が逆転した風刺画を描いていました。また、ヴェナンツィオの死体は豚の血の甕に逆立ち状態で発見されました。また、アドソが祈りを捧げたのは、生まれながらの邪悪さから神への高みに引き上げられた聖母マリアに対してです。

 そのアドソが出会った村娘は、当初は無教養で動物のように粗野に描かれていましたが、ラストの別れのシーンでは憑き物が落ちたかのように清らかな表情でアドソを見つめていました。邪悪で不気味なものばかりが描かれているこの作品でただひとつ「神聖」と呼べるものは、ラストシーンのこの娘の表情かもしれません。

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 ストーリーの大枠としては、連続殺人の真犯人、長老ホルヘとウィリアムの対決に向かいます(ACT3、111分)。信仰を守るために影響力の大きい書物を閲覧禁止にし、ページに毒を塗り込め、読んだ者を死に至らしめる。なかなか面白い設定です。けれども、同時に起こっているレミージオとベルナール・ギーとの対決のほうがドラマとして重要なのは、こちらにテーマの核心があるからですね。

 同じ異端審問官として(ウィリアムは“元”ですが)ウィリアムとギーは表裏一体のキャラクターなので、この二人の直接対決になればクライマックスはもっと盛り上がったかも、と個人的には思います。

 ウィリアムはかつてベルナール・ギーと対立して異端者とされ、拷問を受けた末に正しいと信じる自分の判決を撤回しました。神の権威を利用した悪魔に屈したわけですね。そのウィリアムがふたたび類似の事件に遭遇したとき、ようやく神でも悪魔でもなく人間の英知でもって解決することができた。ウィリアムの視点からテーマを見れば、彼の個人的な「再生」物語だと理解すると同時に、中世からルネサンス期への時代の移り変わりに思いを馳せることもできそうです。

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 修行が足りないので、脚本そのものの分析はできませんでした。
 ミニッツライナーは大変ですが、好きな映画をより掘り下げて理解できるという楽しみがあります。終わったあとしばらくはその映画から極力逃げ出したくなりますが……(笑)
 ご興味のある方は、是非ともケロヨンさんのミニッツライナーブログをお読みになってみてください。鋭い批評に目からウロコがぽろぽろ落ちます。


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